バウル

バウルはベンガル地方の歌い人。声のいい人が多い。のどの奥から出る日本語やタミル語テルグ語と異なる。前に出る声。甘い言葉。ころころころまわるイタリア語に似ている。よいはバロ、ベッラとにている。カズナスール・イスラムはタゴールのあと。フィローザ・ベグン。吟遊詩人、神秘的詩人。芸術的修行者など様々に呼ばれる。ユネスコ無形文化遺産である。

サリル・チョードリーは4000曲の作曲。西洋の音楽も取り入れた。ラタ・マンゲシュカールを知らない人はない。50000曲のレコーディングをした。五線紙に欠ける曲。みんなが幸せなら私も幸せ。人生に対する話からチョードリーまで続いている。サタジット・レイも自分で作曲したのでバウルの一人。

歌う修行放浪者はディッカと呼ばれる入門式と仏教の出家に似たベックと呼ばれる儀式を経てバウルの世捨て人となる。静寂を知る修行、自らの内面を旅して人間を知る修行、欲を捨て去る修行など様々な修行。悟りを開いたのちに個人宅を訪問し、玄関先で歌いその報酬として布施を受けて生活する。ベックと呼ばれる出家の儀式では定住を捨て身分を捨てて放浪の旅人となり風の様な存在となる。

1970年代以降、録音装置が発達してバウルの歌が録音されるようになり、特にCDが普及しだした後だとバウルの歌は爆発的な人気が出た。特にバングラデシュでの人気は高く、国歌もバウルの歌を元に作られている。芸術性や宗教的対立などを緩和しユネスコ無形文化遺産にバングラデシュからの申請で認定された。

ラビンドラナート・タゴールは、バウルの歌声を聞いて感動し、それを詩集「ギタンジャリ」にまとめ自ら英訳して750部配布した。これらは絶賛され翌1913年にアジア人初のノーベル賞となるノーベル文学賞を受賞している。この詩集はバングラデシュの国歌に転用された。 現代では、CD等に触発されてバウル風の歌を歌うバウルミュージシャンや、バウルのグル(師匠)に入門して修行よりも歌を歌う事を主眼としたバウルシンガーなど様々なバウルが存在する。歌と布施で食いつなぐ昔ながらの修行者的なバウルは極めて減少している。ベンガル語で、バウルは「狂った」という意味が元々の意味。

バウルの歌は機知に富んでいてユーモラスで意味深で考えさせる歌詞。人生に役立つ歌が多い。音楽的には、民族音楽にしてはテンポが速く Andante(アンダンテ)かそれより若干早い音楽が多く、テンポよく活気あり熱気ある音楽が多い。これらの歌を聞けて、たとえ貧困であっても、それに布施できる事は民衆にとって喜びとの風習が、かつてはインド・パキスタン両国にまたがるベンガル地方には根付いていたとされる。