なぜインドの内相の新型コロナ感染が重大なことなのか?【ただの閣僚ではない世界史を動かすモディの側近】
インドのシャー内相は2020年8月2日、新型コロナウイルスの検査を受け陽性となったとツイッターで明らかにした。シャー氏はモディ首相の腹心で新型コロナ対策も担っている。シャー氏は「健康状態は良好だが、医師の助言に従って入院することになる」とヒンディー語で投稿した。2日時点でインドの感染者は約175万人で前日からの新規感染確認は約5万5千人に上っている。200万人に達するのは時間の問題。死者もイタリアを越えて約3万7千人。回復者も100万人を超えている。シャーは過去数日間に接触した人々にウイルスの検査を受け、自分を隔離するよう求めた。
アミット・アニルチャンドラ・シャー(Amit Anilchandra Shah、1964年10月22日 – )は、2019年5月30日から内相。インド人民党の総裁を2014年から2020年まで務めた。インド人民党の最高戦略責任者でモディの懐刀。
1964年10月22日にムンバイで生まれ家族は裕福なヒンドゥー教徒でバニヤ(商人のカースト)でだった。少年時代から民族義勇団(RSS)に関わっていた。
モディとの出会いはグジャラートで1982年にアーメダバードでのRSSの活動だった。1983年、RSSの学生組織である全インド学生評議会のリーダーとして政治的なキャリアを始め1987年にモディより1年先にインド人民党(BJP)に入党。1991年のインド総選挙でアドバニ選挙運動本部長に見いだされる。
1995年当時のグジャラート農村部での国民会議派の勢力をモディと協力してインド人民党に寝返らせていった。村で2番目に影響力のあるリーダーをインド人民党に取り込むという手法。1997年にモディがグジャラート州議会の補欠選挙に出馬するよう働きかけ当選。
2014年7月、中央委員会においてシャーのインド人民党総裁への任命が全会一致で承認され2016年1月24日に再選。党首就任後は党員拡大し、2015年3月までにBJPは1億人の党員を獲得。
ヒンディー語をインドの国語にするというアミット・シャー氏の発言に対して抗議活動が広がったこともある。多様な言語と文化の国・インドでヒンディー語を国語にすることはできないと反発が広がった。アミット・シャー総裁は2019年9月14日、インドの国語に関して「一つの国であるインドには一つの言語があるべきだ。そしてそれはヒンディー語であるべきだ。インドには多くの言語がある。それぞれの言語は大切だ。しかし、国には一つの国語が必要だ。世界はその言語をインドの言語として認知するだろう。そして、いずれかの言語がインドを一つにまとめることができるとしたら、それはヒンディー語であろう」とした。イスラム教徒だけではない、ベンガル、タミル、各方面からの反発。集会ではアミット・シャー氏のわら人形も燃やされた。
インド政府は国の教育指針を示す「国家教育政策(NEP)2020」を発表した。少なくとも5年生(10歳・初等教育)までの生徒に地方言語での教育の許可を申し出た。専門家の多くは現地言語で迅速に基礎を学ぶ中国や日本を例に挙げ政策を歓迎している。
シャーの強引な手法はほかにもある。デリーで住民同士の暴力事件に関わったとされる1100名以上の身元を顔認識を用いて確認した。シャー内相は、インドでこの種の捜査が行われたことを初めて認めた。警察が顔認識システムを導入し政府発行の個人認証カードの画像を、2月25、26日にデリー北東部で起きた住民間暴力事件の容疑者特定に用いたと語った。「これはソフトウェアである。信仰は見ない。衣服も見ない。見るのは顔だけであり、人物は顔によって捕らわれた」とシャー内相は語った。個人認証カードについては議論が多いが最高裁判決も出ている。デジタル権利擁護団体であるInternet Freedom Foundation(IFF)は顔認識技術の制度の問題点を指摘した。
マスクをしない姿も散見された。世界史を動かす人物という自覚が欲しい。