総選挙 注目州からの現地報告

モディ首相が次の5年も続投するのか。世界の関心を集める総選挙の投票が迫っている。去年暮れの地方選挙で人民党が大敗したラジャスタン州と、人民党がどこまで現在の勢力を保つことできるのかが注目されるウッタルプラデシュ州を訪問し現状を見てきた。堅調な成長を維持したモディ首相に引き続き国政を託したいという声と、このままでは格差や分断が広がると懸念する声の双方を聞いた。

ラジャスタン 筆者撮影

「徳政令」を約束した政治家が総選挙でも影響力を持ちそうだ。一方で人民党の存在感は強くない。モデイ政権を支持しないのか、という問いに、ある農民は親指を下に向けて不支持の感情を露わにした。「前の選挙では人民党に投票した。借金をさせてもらえるようにはなったが、返済ができなくなった。生活はむしろ前よりも苦しくなった。自殺者も出ている」と話す。

国民会議派が伸びたラジャスタン 1月末の北インドは少し肌寒い。デリーから車でジャイプールに向かうと、ラジャスタン州に入ったころから、道路の両側に黄色い畑が広がる。買取価格が低く抑えられたままの小麦では、十分な収入が得られないということなのだろうか、乾期の畑は、菜種油の草原が続く。その道路わきに目立つのが国民会議派のポスターだ.。地方選挙で勝利し州首相となったアショーク・ゲーロット氏を党の顔に、ラジブ・ガンディー総裁や母親のソニア・ガンディーの写真、それに地元の政治家の名前や顔写真が大看板に掲げられている。農民の借金を棒引きにする  

 5年前の2014年の総選挙で地滑り的な大勝利をした人民党のモディ政権は、人口の増加を吸収できる約7パーセントの成長を維持し、国民全般の生活水準も向上した。インフレや失業も、政権に途中降板を求めるほどには大きな問題にはならず、地方選挙の結果も人民党の勢いを裏付けるものとなってきた。しかし、去年12月の地方選挙で、人民党が大敗。農村部は成長の恩恵を実感できないとの不満がたまっているとの分析が一般的だ。

 ジャイプールのバス停でインド政府のポスターを見つけた。「モディ政権の5年間に家庭用のガスが普及し、モディ氏の力によって女性の生活が改善した。ガスへのアクセスは55パーセントから90パーセントに伸びた」と首相とインド女性が台所で微笑む写真を使って掲示している。政権が思っているほどに国民は満足した生活を送っているのか、総選挙の行方は、目を離せない状態になっている。12月の選挙では、ラジャスタン州では、国民会議派が倍増、それに相当する分だけ人民党が半減という大きな変化があった。

勝敗を分けるウッタルプラデシュ 人民党の後退という同じような現象が総選挙でも見られるのか。総選挙での最大の注目州のひとつとなっているのがウッタルプラデシュ州だ。約2億の最大の人口の州は、下院の全議席545のうち80議席と非常に多く、過去の総選挙でも州の結果が全体の勝敗を大きく左右して来た。特にバナラシの選挙区はモディ首相が立候補地で、投票日も遅いため選挙の流れや盛り上がりの加減を強く反映する。

 バナラシといえば、沐浴の地だ。ガンジス川がヒマラヤからインド洋に南下する流れの中で、小さく右に曲がり唯一僅かに北上する場所にある。教徒が死者を火葬し灰を流すヒンズー教徒の聖地。河畔の階段が川まで連なっているガートでは、宗教儀式のプージャの鐘の音が何重にも重なって鳴り響き、川面にはロウソクを浮かべた陶器の皿が流れる。裸で水を浴びる男性、サリーを水浸しにする女性。「この光景はこれからも変わることがないのだろう」と思っていたが、ガンジス河でボートをこぐ男性に話を聞くと、モディ政権の5年でバナラシは大きく変わったという。


(ウッタルプラデシュ州バナラシのガート)

 ヒンドゥー教徒の若者なのだが、一番大きな変化は川がきれいになったことだという。燃やせない遺体を流すこともあるバナラシのガンジス川は、汚れていることが有名だった。それが、モディ首相の清掃運動によってきれいになったのだという。岸の違法建築の取り締まりや水質の管理が進み、遺体を燃やす薪も入手しやすくなった。バナラシの町では、道路の舗装や拡幅も進み、流通が劇的に改善。焚火で炊事をしていた女性を薪集めの労働と煙による健康被害から守るためプロパンガスのシリンダーの配布も進めたことも評価されている。男性は、インドを豊かな国にする首相が再選されるべきだ、とモディ氏への強い支持を示した。

「やはりヒンドゥー教徒の町だけにバナラシは人民党か」と思っていると、別の高齢のボート漕ぎの男性が議論に入ってきた。「物価が高いからモディは支持できない」という。インフレの進行も前のシン政権と比べると緩やかななはずなのだが、一般庶民はそんな科学的・統計的な比較はしない。単に生活が苦しいことが現役政権への不満となって現れる。経済成長の恩恵が実感できないという。

 モディ批判は、同じボートに乗っていた別のイスラム教徒の男性からも示された。イスラム教徒がヒンドゥー教徒の過激な集団に殺されることになった、と訴える。バナラシの近郊の古くからあったイスラム教由来の地名が抹消されたことも不満の原因となっている。この男性は「ヒンドゥー教徒は、イスラム教徒が牛を殺したと言いがかりをつけてくる。モディのせいでインドは皆が仲良く暮らすことができない国になった」と訴える。

プリヤンカの参戦 こうしたモディ氏への不満を現実の得票に変えることができるのか。国民会議派は特別な切り札を1月23日に出した。ラフル・ガンディー総裁は、国民に人気の高い妹をウッタルプラデシュに投入した。

プリヤンカ・ガンディー・バドラ氏が、選挙対策本部の責任者となり、人民党が80議席中72議席を持つ州の選挙運動を指導するという。プリヤンカは、曽祖父と祖母、父はいずれもインド元首相という名門のネルー・ガンディー王朝の注目の女性。濃い眉と彫りの深い目は、祖母インディラ・ガンジーにそっくりだ。兄のラフル・ガンディーより政治家としての資質が高いとの評判もある。結婚し子育てをしていたが、出馬を望む声が長年続いてきた。人民党は、ラフル氏が妹に助けを求めざるを得なくなったと批判したが、内心は穏やかではない。選挙区での地盤は短期間では築けないといわれるが、プリヤンカ参戦の鮮烈なイメージは、新しい国民会議派の旋風が起きる起爆剤になる可能性もある。特にいずれの党も過半数を取れない団子状態の選挙結果になった場合には、国民会議派のほうが連立調整の長い歴史がある。

 その意味で注目されるのは、有力政治家のマヤワティ氏とアキレシュ・ヤダブ氏の連合だ。2氏の連合は下位カーストの支持を集めている。バナラシの街頭で見かけた人民党とマヤワティ派の選挙ポスターには共通点があった。自転車だ。国民の健康生活を訴えるモディ首相は、「自転車に乗って健康の維持と環境の改善に貢献しようと」と訴える。一方で、マヤワティ派は、同じ自転車でも、党のマークが自転車だ。以前は対立していた地域政党の候補者が今回は手を結び反人民党で結集している。特に重要なのは連立政権となった時のシナリオだ。国民会議派が、他の政党との連立政権を作ったとき、マヤワティ氏には、少数政党代表としての首班という可能性もまったくないわけではない。今度の選挙は、マヤワティ氏には、インドの首相となる千載一遇のチャンスに見えているのかもしれない。地域政党にとっては、選挙は衰退と好機が混在する。そんなインドの民主主義制度は興味が尽きることがない。

 1月26日は共和国記念日。モディ首相は国防やアフリカとの外交成果を国民にアピールした。

 これに対し、国民会議派のラフル・ガンディー総裁は1月28日、「すべての貧しい人々のために、貧困と飢えの撲滅に貢献する最低限所得保障を導入する」と述べ、国民会議派が与党に返り咲けば「最低限所得保障」を導入すると発表した。モディ氏が農業に「AI=人工知能}を導入するというのに対し、国民会議派は「BI=ベーシック・インカム」で対抗するというのだ。ベーシックインカムは、格差是正対策として、先進国でも注目されている。補助金や社会保障制度による給付金としてではなく、一定の金額を国が国民に支給するという考えだ。投票を前に選挙戦のバラマキ感が次第に強まってくる。

人民党の「バラマキ予算」 一方、インドの人民党政権は2月1日に新年度予算案を発表した。農作物価格の下落や異常気象に苦しめられ、多くの自殺者を出している農業従事者など、生活に苦しむ有権者向けの人気取り的な内容が盛り込まれた。選挙をに、前モディ政権は低所得者層などへの優遇政策を矢継ぎ早に発表している。貧困層に雇用や入学で10%の優遇枠を割り当てる憲法改正案を国会に提出し可決された。低位カーストや特定の少数民族を対象にしていた優遇措置について、貧困層も対象とすることで「上位カーストの貧困層」の票の掘り起こしにつなげたいようだ。優遇措置が逆差別になっているとの批判をかわす狙いもうかがえる。身分の上下ではなく、貧困の度合いに焦点を絞った。年間売上高が低い事業者に対する、物品・サービス税の支払い免除、政府が農家から買い取る農産物の最低保証価格を引き上げ、貧困層向けの健康保険制度の「モディケア」などと、選挙を前に「大盤振る舞いだ」との厳しい指摘もある。

 かつて人民党は、一九九八年から二〇〇四年まで連立政権を運営している。バジパイ首相は、一九九一年の経済改革以来の「第二世代の経済改革」をスローガンに労働法制改革や行財政改革の実行を訴え、経済特区や外資誘致政策、さらに輸入数量制限の撤廃など、WTO・世界貿易機関協定の推進、国営企業の民営化など積極的な経済改革路線を追求しようとしていた。しかし、政権を継続できなかった。経済指標はよくても、有権者の多数を占める農村対策が後手に回った。

 去年暮れの地方選挙での人民党の敗北は、経済は高い水準での成長を維持しているものの、その恩恵を実感できない農村部の批判票が、国民会議派や地域政党に流れたと分析された。二〇〇四年の総選挙で敗れて下野した人民党のバジパイ政権の末期に似ていて、高い経済成長を達成していても、農村部の支持が得られなければ、政権の継続は難しくなるとの指摘もある。

 ラジャスタンとウッタルプラデシュでは「この国の首相はみんな当てにできない」といった政治不信の声を多く聞いた。一方で、二期連続の10年間の長期政権になれば、国民会議派を軸に栄枯盛衰が続いてきた戦後のインドの政治史の上で極めて大きな意味を持つ転換点になる。インドの選挙は、予想が難しい。メディアは政権批判を堂々と行って怯むことはない。人民党が優勢だとばかり伝えていては読者がついてきてくれない。だから、現役政権への批判が紙面を賑わす。私はこれまでに何度も当たらない現地報道の予測に振り回わされてきた。今のところ確かなことは、インドの将来を左右する投開票の日が近づいていることしかない。 (日印協会「月刊インド」掲載)###

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