生誕150年

来日したマハトマ・ガンディーの曾孫のシュリクリシュナ・クルカルニ(Shrikrishna Kulkarni)さんにお目にかかった。モディ首相のことを「無私」の素晴らしい人物だと評価していた。クルカルニさんは、デリー大学工学部卒業後、1991年東京 学大学院工学系電気工学専攻を修了している日本通。ハーバード・ビジネス・スクールでも学び、ファナックやパナソニックのインド法人のCEOなどを経て、現在はIndian Institute of Management, Calcutta理事長。2012年、インド赤門会設立とともに初代会長となっている。東京大学だけではなく日本とインドの学生交流や学術交流に尽力。日本留学中、少林寺拳法を学び、曾祖父ガンジーの思想を受け継ぎ、インドを歩いて縦断する“Walk of Hope”の体験を語っている。150年の記念行事に出席するため来日した。
 ガンディーは1869年10月2日にグジャラートで生まれ、インドのイギリスからの独立で重要な役割を果たした。1948年1月30日にヒンズー教原理主義者に暗殺された。今年は、生誕150周年を記念する。清掃活動や映画上映などが行われている。記念日には、ニューデリー郊外では、プラスチックごみから作られた巨大な糸車(重さ1650キロ)を設置された。ガンディーは、独立や自給自足の意味を込めて糸車で自身の衣類の糸を紡いだことで知られる。インド南部のチェンナイの学校では、交通安全のヘルメットをかぶった生徒たちがガンジーの顔の形に並んで人文字を作った。2019年6月5日の「世界環境デー」には、生誕150年を記念した植樹が富士山であった。小学生ら約130人が標高1600メートル付近の山梨県の県有林に150本の苗木を植えた。
 東京大学での講演でガンディーについて語った。クルカルニさんは言う。ガンディーについての自分に対する唯一の答えは「ガンジージは政治家ではなかった」。「彼はサナタナ・ダルマのバガガット・ジータの信奉者。彼はおそらくヨギ、精神的な志望者で、その役割を担っていた。精神的な志願者たちは不正義と戦う。彼らは不正の加害者を罰しない。彼は、インドだけでなく、多くの国々を植民地支配の束縛から解放するのを助けた。方法を示したのである。ガンディーは選挙での勝利を目的に行動したことはない。彼は、常に「統一」「溶接」「参加」を試みていた」。
 クルカルニさんはいう。「建国の父」というが、ガンディーより以前にインドは存在していた。クルカルニさん自身は、20歳の息子さんの父である。一人の「父」として「ガンディー」について語っていきたいという。

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