即位の礼
インドの大統領の任期は5年。議会の上下院議員、及び州議会議員による間接選挙で選出される。連邦議会と州議会の総票数がほぼ同じになり、州議会は一票の格差が出ないように議席数が調整される。インドは議院内閣制で大統領は形式的・象徴的な存在だ。法案の最終的な裁可や首相や最高裁判所長官の任命、緊急命令の発令などの権限は概ね、憲法規定どおり内閣の助言の通りに執行するだけ。
歴代首相が北インドの有力なヒンドゥー教徒にほぼ独占されてきたのに対して、大統領職は民族的少数派である南インド・ドラヴィダ系の人々やムスリム、シク教など宗教的マイノリティに割り当てられてきた。
初代のラジェンドラ・プラサド大統領は、コルカタで弁護士となり、ガンディーの不服従運動に参加し、4度、投獄された。1932年1月4日、ガンディーと共に拘束されたヴァッラブバイ・パテルの後任として全印国民会議派長に任命される。1950年1月26日のインド共和国の新憲法発布と独立宣言に先立ち憲法制定議会は23日に共和国初代大統領選挙を行いインド国民会議のプラサド博士を満場一致で選出した。1958年9月28日には来日し昭和天皇、岸信介首相と会談。京都市内も観光し大谷大学から名誉博士の称号を与えられた。
二代のサルヴパッリー・ラダクリシュナンは、哲学者。インド哲学と西洋哲学を比較、英語圏の社会にインド哲学を広めた。誕生日の9月5日は「教師の日」という記念日となっている。
10代のコチェリル・ラーマン・ナラヤナンは、1921年インド南部のケララ州に最下層のカーストとして生まれ、苦学の末に大学をトップで卒業した。新聞記者をしたあと、外務省に入り、日本でも外交官として働いた。国民会議派から立候補して当選後、1997年には最下層カースト出身者として初めて大統領に就任した。在任中、2000年には中国を訪問し、印中関係の改善に尽力した。2000年8月、日本の森喜朗首相はナラヤナン大統領を表敬訪問している。大統領任期の最終年となった2002年には、グジャラート州でイスラーム教徒数千人が虐殺されたグジャラート動乱があり、ナラヤナンは、宗教的マイノリティーの保護のためにインド軍をうごかすことを望んだが、当時議会で多数派を形成していたインド人民党が反対したとされている。
11代のアブドゥル・カラムは、科学者、技術者。そしてイスラム教徒だ。タミルナドゥ州の労働者階級のムスリム家庭に生まれたタミル人で、1958年、マドラス工科大学にて航空工学を修める。卒業後、国防研究開発機構に入り、1962年、インド宇宙開発研究所に移り、人工衛星の打ち上げに成功。カラムは、1980年7月にロヒニ衛星を低軌道に乗せたインド初の国産人工衛星打上げロケットSLV-IIIの開発プロジェクトリーダーとして知られる。国産の誘導ミサイルの開発を進め、アグニミサイルおよびプリトビミサイルを開発し「インドのミサイル男」と呼ばれるようになった。 彼の働きにより、1998年のポカランでの核実験が成功した。2012年11月に中国に招かれて宇宙開発での中印協力の申し出を受け入れた。2014年11月に北京大学名誉教授の称号を授与されている。国内では1981年パドマー・ブーシャン賞、1990年パドマー・ヴィブーシャン賞、1997年バーラト・ラトナ賞の三つの賞を受賞している。
自著「インド2020」では、2020年までにインドが知識超大国、および先進国へと発展するための目標達成計画を提唱している。カラムは、インドが国際関係においてより強硬な態度を取るべきだという見解の持ち主として知られ、核兵器開発が将来の超大国としてのインドの地位を保証するとしている。
科学技術の分野では、特許問題に対するオープンソースのソフトウェアの支持者として知られる。カラムは厳格な規律を守っている。菜食主義、絶対禁酒主義、禁欲主義を実践している。コーランと、バガヴァッド・ギーターの両方を読むといわれ、タミル文学の古典詩集『ティルックラル』の研究者でもある。演説の中では『ティルックラル』から引用が少なくとも一節はある。
次の12代のプラティバ・デヴィシン・パティルは、初の女性大統領(2007年-2012年)。ニックネームは「プラティバ・ターイー(伯母さん)」。
13代のプラナブ・クマール・ムカルジーは、ベンガルの出身。ソニア・ガンディー国民会議派総裁やマンモハン・シン首相の推挙で大統領に指名され、ベンガル人としては初のインド大統領となった。
現職のコビンド大統領は、ウッタ・プラデシュ州の出身。父は土地なしのカースト制度最下層であるダリットの織物集団で、彼の生まれた家は泥の小屋で、今は火災で崩壊して残っていない。この火事の時、彼は5歳で、母親も亡くした。弁護士として、女性や貧者などの社会的弱者のため無料で法律援助を行った。1991年にインド人民党に入党。2002年10月には、国連総会でインド代表として演説を行った。2017年7月17日の大統領選で、国民会議派のミーラ・クマール元下院議長を破り、第14代インド大統領に選出された。
コビンド大統領の東京訪問は、インドの大統領の訪問としては29年ぶり。2019年10月21日に東京に到着し、東京の築地本願寺を訪問しインドから運んだ菩提樹の苗木を寄贈した。22日の天皇の即位式に出席し、新幹線を体験乗車し、比良氏の縁から掛川市のつま恋リゾート彩の郷を訪問した。29年前の大統領は、ラマスワミー・ベンカトラマン。平成天皇の即位式に出席したときだった。