兄弟政権

ラジャパクサ前大統領とは東京で会ったことがある。欧米のメディアでは血も涙もない親中の独裁者と報じられていたが、意外に柔らかい物腰が印象的だった。利益誘導は、トップセールスというと欧米でも行われていることだが、中国というフィルターを通されるために日本でも悪者のように扱われることが多い。恰幅のよい体形に髭という風貌にも妙なハクがあることも関係しているのかもしれない。政権から離れていたが弟の当選で政界復帰となる流れになってきた。5年の任期満了に伴い2019年11月16日に投票が行われたスリランカの大統領選で、選管は親中派のラジャパクサ前大統領の実弟ゴタバヤ・ラジャパクサ元国防次官(70)が勝利。与党・統一国民党(UNP)などが推すサジット・プレマダサ住宅建設・文化相(52)は敗北を認めた。インド洋の派遣をめぐる日本の外交にも大きな影響を与える。
 地域の政治は、三つの視点でみる必要がある。一つは、日本との関係。二つ目は、地域研究としてのその国の国内の事情、特に経済と歴史とのかかわりである。そして三つ目はアメリカや中国、インドといった世界との関わりや、世界情勢が選挙結果を導いたという視点だ。そのいずれにおいても52パーセントでの勝利という僅差の勝負となった今回の選挙の意味するところは大きい。
 中国よりの政権が復活することで「債務のわな」外交がインド太平洋に拡大するとの警戒感も強い。ゴタバヤ氏は選管の発表後、「国の治安を守ることを約束する」と表明。4月のテロで治安の維持に不安を覚える国民の心情を背景に勝利したことを自ら明らかにしたものだといえる。投票率は約80パーセント。ゴタバヤ氏は18日に大統領に就任した。ゴタバヤ氏は、兄のラジャパクサ前大統領を首相に起用する方針。
 兄のラジャパクサ前大統領は在任中、2009年に終結した内戦中の人権侵害を批判する欧米諸国や隣国の地域大国インドと距離を置き、親中姿勢をとり大きな資金を集めた。強権政治で不正も横行し政敵や批判的な記者を殺害、誘拐した疑いも持たれている。弟のゴタバヤ氏は、公約にインドとの密接な関係を盛り込んでいるが、対中傾斜が復活する可能性があるという警戒の声があがっている。
 ラジャパクサ兄弟への揺り戻しの契機となったのは、2019年4月の同時多発テロ事件。日本人を含む250人以上が死亡した同時テロの発生を受け、治安強化を求める声が高まった。国防次官としての実績をゴタバヤ氏は、当選すれば「国防を優先する」と訴えていた。
 1989年1月2日- 1993年5月1日に、大統領を務めたラナシンハ・プレマダサ氏は、在任中に反政府勢力タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の自爆テロにより暗殺された。サジット・プレマダサ住宅建設相は、その長男。テロ根絶を訴えたが敗れた。プレマダサ氏は、担当大臣として貧困層への住宅供給を推進するなど、福祉面での手腕も強調。ラジャパクサ一族の票田となってきた農村部で支持の拡大を図ったが、与党連合内での候補の一本化が遅れたことも災いした。プレマダサ氏は「国民の決定に敬意を表する。次期大統領のゴタバヤ氏を祝福する」と敗北の弁。
 準独裁体制を引き継ぐ前大統領の弟が大統領となったことで、アジア最古の民主主義国が危機的な局面を迎えている。ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が国防次官を務めたのは、2015年まで10年間続いた兄のマヒンダの政権の下でのこと。4人のラジャパクサ兄弟が政権の重要ポストを占め、国家予算の約80%を握っていた。マヒンダは大統領の権限を強化し、人権侵害と戦争犯罪を非難される準独裁体制をつくり上げた。マヒンダの親中国政策の下、スリランカでは中国の影響力が急速に強まり対中債務が膨れ上がった。ラジャパクサ政権時代の借金の返済ができず、シリセナ大統領は2017年、インド洋の要衝ハンバントタ港の管理権を中国側に99年間譲渡する契約に署名した。ハンバントタは、ラジャパクサの地元であることも見逃せない。コロンボ、ゴールがあるのに、空港と港の開発が進められた。
 マヒンダは約25年続いた内戦が2009年に終結させた。一方で、内戦末期に少数派タミル人の民間人など数千人が行方不明または拷問の被害に遭っている。タミル系の反政府勢力タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)に対する最後の軍事攻勢では4万人の民間人が殺害されたと推計されており、国連から「国際法秩序への重大な攻撃」と非難されている。
 スリランカを宗教別にみると、多数派は仏教徒主体のシンハラ人。ラジャパクサ兄弟はヒンドゥー教徒主体のタミル人にとっては怖い存在。多民族国家のバランスが崩れだすとシンハラ人中心の単一民族政策が強化されていく危険がある。スリランカではイスラム教徒も総人口の約10%を占めており、複雑な構成になっている。そして4月の連続爆破テロ事件はイスラム過激派によるもので、その拠点はインドにあるとされている。
 身の安全を求める脆弱な民主主義は簡単な選択肢を求める。その過程で歴史が積み上げてきた負の遺産が時に暴力的な結果を導く。外部の勢力が対立を煽るのは赤子の手をひねるより簡単なことだ。
 ラジャパクサ兄弟はシンハラ民族主義を強調し、イスラム過激派対策として情報機関を強化し、市民に対する監視活動を復活させるとしている。超法規的措置で治安維持を図ろうとする姿勢にメディアや人権擁護団体の抵抗が続く。
 スリランカは中国と、インド太平洋地域の民主主義陣営のインド、アメリカ、日本、オーストラリアとの海洋覇権をめぐる争いで決定的に重要な役割を果たす。中国の「真珠の首飾り」戦略は、インド洋の主要航路沿いに軍事・商業上の重要拠点を確保することで、インドを包囲するというものだ。習近平国家主席は、ハンバントタ港を「21世紀の海のシルクロード」構想の要としている。
 スリランカの民主主義はもろく弱い。当面は弟が兄の復権のためにどんな手を打ってくるのかが注目だ。

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