エチオピア航空とインドLCC

インド民間航空管理局(DGCA)は、エチオピアでのアメリカのボーイングの「737MAX」の墜落事故を受けて、インド国内の航空会社による同型式の運航に新たな規制を設けた。737MAXを1,000時間以上操縦した経験を持つ機長が操縦することを義務付けた。  事故があったのは、3月10日、エチオピアの首都アディスアベバ郊外でエチオピア航空が運航する737MAXは墜落した。二〇一八年10月29日のに157名全員死亡したライオンエア(インドネシア)、そして今回の3月10日のエチオピア航空と、2度の墜落事故の共通点がアメリカの最新鋭小型旅客機、ボーイング737マックス8型機だということだ。アメリカ連邦航空局(FAA)とボーイング社は飛行の安全性に問題はないとしているが、ボーイング社は事故翌日の3月11日、ライオンエア機の墜落事故以降に改良されたソフトウェアのアップデートをすぐに行うと発表した。  ボーイング737マックス8型機は、世界中を飛んでいる。1週間で8,500機以上が世界中を飛んでおり、もっとも本数の多い航路は北米と中国だ。インドではジェット・エアウェイズと格安航空会社(LCC)スパイスジェットの2社が737MAXを保有している。このうち数十機の運用を停止しているジェットは11日に、運航中の機材に同型式は含まれていないと発表。スパイスは十機以上を保有しており、8機を運航している。事故原因と同型機との関係は調査中だが、航空ネットワークの急速な拡充が進むインドでは関心が高い。 (ジェットエアウェイズ)  ジェットエアウェイズは、1992年に設立されたムンバイを本拠地とする民間航空会社の大手で 筆者も頻繁に利用した。1993年5月5日に4機のボーイング737-300で商業運航を開始。国営のエア・インディアが欠航したり延着したりと評判が思わしくない市場で成長した。ヨーロッパや北米路線など国際線も充実している。日本に就航していないが、ANAとコードシェアリングを行っている。 スパイスジェットは、2005年5月から就航開始。当初は、国内線のみの運航だったが、2010年10月から、インドの近隣国であるネパールのカトマンズ、スリランカのコロンボに就航開始し、国際線にも進出している。距離的にいうと国内とはあまり変わらない運航になる。運航に用いているのは、B737-800だ。インド南部のタミルナドゥ州のチェンナイや、同じく南部のケララ州とニューデリーなどを結び頻繁に定期運航を行っている。 (スパイス インディゴ)  このほかにもインドではインディゴ航空 (Indigo)VISTARA (ビスタラ) といった新しい航空会社が次々に誕生している。ビスタラは、インドの大手財閥タタ・グループとシンガポール航空との共同出資で2014年に設立。社名のVistaarはサンスクリット語で「無限の広がり」を意味する。日本航空との間でコードシェアを発表。広告にはボリウッド女優のディーピカー・パードゥコーンを起用している。  2006年に設立されたインディゴ(Indigo)は2006年初めに在米インド人とインド国内企業が出資して設立され、エアバスA320型機を100機を発注しニューデリー-グワハティー-インパール間で運航を開始した。LCCの強みを生かして急成長。2011年にはインド航空史上最大契約となったA320シリーズ180機発注で話題となった。 (キングフィッシャー)  こうした激しい競争の中で苦戦を強いられる航空会社もある。  キングフィッシャー航空(Kingfisher Airlines)は、 2004年にキングフィッシャー・ビールの製造会社ユナイテッド・ブリュワリーズ社の設立。2005年に国内線就航した。ロンドンや香港、ドバイなどへの中長距離国際線を運航し、本拠地が同じベンガルールにある格安航空会社エア・デカン(Air Deccan)と合併し、インドで第2位の規模の航空会社となった。エア・デカンとして運航されていた便は、Kingfisher Red という、キングフィッシャー航空による低価格サービスの一つに組み込まれた。  しかし経営不振で2012年2月に大規模な運行休止に追い込まれた、ワンワールドへの正式加盟も延期する事態となり。国際航空運送協会(IATA)が航空券の発券停止を発表。従業員に対する給料の未払いで従業員がストライキに突入。会社側は従業員のロックアウトを行った結果、国内線も含めた全便の運行がストップした。キングフィッシャー航空が使っていたIATAコードの“IT”は、格安航空会社・タイガーエア台湾に割り当てられた。エアインディアを守るための政府規制や高額のジェット燃料費が経営不振の原因との指摘もあるが、背景に激しい競争があることには違いがない。 (エアインディア) エア・インディア(Air India)は、イギリスの植民地下にあった1932年に、実業家で飛行家としても知られるジャハンギール・ラタンジ・ダーダーバーイ・タタによって「タタ航空」として設立された。独立後の1948年にタタ・グループを離れ、インド政府との半官半民体制になった。日本発着路線は1950年代に乗り入れを開始した。早い時期から日本人客室乗務員を採用している。2007年に国有会社で国内線のインディアン航空と合併し、インドの国際線、国内線に就航する最大航空会社となり、2014年スターアライアンスに加盟した。  客室乗務員はサリーを着用、機内食はインド・カレーを提供、機内映画もインド映画を多く上映 特に機内食のカレーは質が高い。乗客にベジタリアンが多いため機内食の肉類が廃棄物になるのを避ける必要もあって、2017年、エコノミー席の機内食で肉類を提供しないことを決定し話題となった。 インドの航空事情も身近なものになってきた。

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