インド最大の橋

 インド北東部の7姉妹と呼ばれる7つの州がある。山田真美さんの講演があり現地を訪れた際の体験談などを聞いた。モンゴルを現地取材してきたことを思い出し、中国の辺縁に位置する地域の人々の暮らしを想起し、巨大な橋の建設の重要性を改めて考えた。
 アルナチャルプラデシュ州の広さは、83,743 km2で北海道と同じほどの広さがある。中国とインドの間に広がる。1987年2月20日に生まれた州だ。ヒマラヤ山脈東部の中国とインドの国境紛争地帯でインドが実効支配している領域に設置された。中国では蔵南とも呼ばれる。南はアッサム州、東はミャンマー、北は中華人民共和国(チベット自治区)、西はブータンと接する。
 辛亥革命で清朝が滅亡し、領地の再編が問題になった際、チベットとモンゴルの民族政権は、独立国家として国際的な承認を受けることを目指した。しかし、漢人たちは、清朝に臣属していた諸民族を含む中国を設定し、チベット、モンゴルの民族政権の服属を目指して戦火を交えた。この紛争を調停するために、モンゴルにはロシア、チベットにはイギリスが後ろ盾となってシムラ会議が(1913年-1914年)された。
 会議では、チベット、モンゴルを独立国家として承認せず、中華民国の宗主権下で完全な内政自治を行使するにとどめることや、チベットの青海、西康部分、モンゴルの内蒙古部分は中国政府の統治下におかれ、チベットとモンゴルの両民族政権はそれぞれの国土の中核部分(チベットは西蔵部分、モンゴルは外蒙古部分)だけを管轄すること、などを骨子とする協定案となった。
 この際にひかれたマクマホンラインは、チベット系住民の分布領域の境界より相当北方に位置するヒマラヤの嶺線付近に引かれていることから、中華民国、中華人民共和国政府ともインドとの国境として承認することを拒否し、1959~1960年にかけて武力衝突する中印国境紛争となった。中国は、カシミール地方の西部紛争地域(アクサイチン地区)では自身が主張する領域に実効支配を確立、東部紛争地域では、一時的には全域を確保しながら、一方的にマクマホンライン以北へ撤兵した。
 インドは1954年以来、この地方を東北辺境地区として管理してきたが、中国との武力衝突以後、この地域に対する実効支配をより強固にするため、インフラの整備につとめ、1987年にアルナチャル・プラデシュ州を設けた。
 そのアルナチャル・プラデシュ州にインド側から行くためには、ブラマプトラ川を越えなければならない。ガンジス川水系で総延長は2900kmもある。チベットから流れるこの川は、バングラデシュでガンジス川と合流し、ベンガル湾へ注ぐ。延々と東進した後にヒマラヤ山脈東端をかすめ南下したあとはインドのアッサム州を西進し、ガンジスに合流する。その合流点は世界最大の広大な三角洲となっている。雨季にはしばしば氾濫し、インドサイの生息地もある。未だ未開拓の秘境である。
 大河を小さな子船で渡るしかなかった陸の孤島のような州に、巨大な橋が建設されたのがドホーラサディヤ橋だ。全長9.1㎞でインド最長。2017年5月開通。22年の建設期間と総工費3億1800万ドル(約354億円)かかった。インドはこの橋の建設によって、経済・観光開発もできるようになり、兵員や戦備、戦闘機、輸送機も送れるようになった。

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