断食

インドの民主主義を考える。なぜ草の根政党が全国政党にならないのか。これだけの貧困と批判精神の国だから左翼政党が力をもっていいはずだ。共産党が一時はその受け皿になってきた。しかし中道左派の力が結集されない。リーダーの不在もある。デリーの選挙で勝利した庶民党は、汚職への批判から生まれた庶民党。インドでは全国規模の社会運動に発展しない。選挙の結果は経済の減速や宗教問題などインド人民党を主語に報じられたがその背景にあるのはインドの民主主義の横顔だ。

 インドのデリー首都圏議会選(8日投票、定数70、有権者1400万人超)は2020年2月11日に開票され、首都圏議会の与党の庶民党がモディ首相率いるインド人民党(BJP)を破った。インド人民党は、西部マハラシュトラ州、東部ジャルカンド州の両議会選に続き地方選挙での3連敗となった。庶民党は勝利したとはいうものの、2015年の前回選挙の67議席よりは減らし62議席。目標の過半数には遠く及ばなかったものの5議席増の8議席と議席を増やした。2019年の総選挙では、BJPがデリー首都圏の全7議席を独占している。投票率は62.59%と前回の67.47%から低下した。これも庶民党ブームの低下を象徴するものといえよう。
 庶民党の正式名称は、アーム・アードミ党。「普通の人びと」の意味のヒンディー語で庶民党と訳される。社会運動活動家アンナ・ハザレが開めた反汚職運動が政党化し、2012年11月結成された。インドの三権分立の上に汚職防止オンブズマン機関を新設するというジャン・ロクパル法の制定を主な主張としている。反汚職政党だ。 2013年12月のデリー首都圏議会選挙(定数70)で、議席ゼロの新党ながら一挙に28議席を獲得し注目を集めた。しかし、2014年の総選挙では全国に434人の候補者を擁立したが4議席を得るのみ。2015年2月に行われたデリー首都圏議会選挙では全70議席のうち67議席を獲得して圧勝したが、2019年の総選挙では、1議席。政党の力が全国規模にはならず、一時のブームをどう継続するかが課題になっている。
 党首は税務職員出身のアルヴィンド・ケジリワル(Arvind Kejriwal、1968年8月16日 – )は、IITの卒業生だ。カラグプル校で機械工学の学位を修得。卒業後、インド国税庁にて税務署職員として勤務していたが、アンナ・ハザレの反汚職運動に参加し、アーム・アードミ党を結成した。デリー首都圏首相在任中は「汚職撲滅ホットライン」を設置。反中央を掲げ、デリー首都圏の治安権限委譲を求めて内務省前に座り込みを行ったりもしている。2006年にはマグサイサイ賞を受賞し、2014年にはタイム100に選ばれている。インド版市民運動の旗手というわけだ。ただその道は険しい。

 もともと庶民党の運動は、社会活動家アンナ・ハザレ氏が、より厳格かつ実効性のある「汚職防止法」の制定を求めて12日間にわたって続けたハンガーストライキで始まった。ハンストの効果あって、政府側が要求の多くを受け入れ、ハザレ氏は、同様の主張を掲げてしばしばハンストを決行。相手を攻撃しない非暴力の政治手法は「現在のマハトマ・ガンディー」とも賞賛された。「チーム・アンナ」と呼ばれた支持層は学生や都市のインテリなどで、社会派の俳優アーミル・カーンや映画界の大御所ラジニカントもハザレ氏の行動を支援した。
 ハザレ氏が攻撃の対象としたのは、2G携帯電話ライセンスを巡る汚職で、閣僚が相次ぎ辞任することになった。当時のマンモハン・シン首相は断食という政治手法は議会制民主主義に反するものだと非難。識者の間からは、民主主義の枠組みを超えた権利の乱用だとの批判も相次いだ。断食が認められるのは独立を勝ち取ったガンディーのみというわけだ。ガンディーは投獄もされ、断食しか闘争の手段がなかった。このあたりがインドの民主主義らしいところでもある。ハザレ氏は、庶民党の政党としての立ち上げには参加しなかった。政治運動というより政治現象だったのだろう。 経済発展をとげる国から汚職をなくすのは難しい。それも反汚職をアジェンダとする政党が育たない理由だろう。

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