人口の国インドで人との距離が意味するもの、距離を保つための5つの方法をまとめてみました

~厳しい都市封鎖でも抑えきれなかった感染拡大~
 インドで初めて新型コロナウイルスの感染が確認されたのは1月30日。中国の武漢からインド南部のケララ州に一時帰国した学生だったとインドの保健・家庭福祉省が発表した。学生は、1月23日夜に武漢を出てコルカタを経てケララ州のトリシュール県に帰省、1月27日に症状が確認された。
 インドへの感染拡大は、日本企業の活動に影響を広げた。インド入国管理局は2月27日、入国時に空港で発給する入国査証を、日本人と韓国人に対して一時的に停止すると発表、。オンラインで発給する入国査証も日本、韓国、イタリア、イラン国籍の人は申請できなくなり、日本企業の出張自粛で来印予定をキャンセルせざるを得ない状況となった。
 WHO(世界保健機関)は3月2日の会見で、感染が広がっていた日本を、「最も懸念される国」の一つに挙げた。その翌日の3月3日にインド政府は、発給済の入国査証を無効にすると発表した。
集団感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に、インド人の乗組員132人と乗客6人が乗っていて、このうち乗組員2人について感染が確認されていた。
 初めての死者が明らかになったのは3月12日。南部カルナタカ州の76歳の男性だった。男性はサウジアラビアの子どもの言えに1カ月ほど滞在。帰国後、一週間後に呼吸困難に陥り数日で死亡した。国内の感染者の数も73人に増えていた。
 モディ首相は3月19日、テレビ演説で日曜日(22日)の午前7時から午後9時まで全土を対象に外出禁止令を命ずると発表。一部の政府関係者などを除き全ての国民が自宅待機の対象となった。。65歳以上の高齢者と10歳以下の幼児には、日曜以降も自宅に待機するよう求めた。インドへの国際線旅客機の着陸が止まり、すぐに全ての飲食店の閉鎖が始まった。スポーツジムやショッピングモールなどが次々と店を閉じた。さらに3月25日からは3週間の全国的なロックダウンに入った。工場や建設現場の業務は停止、鉄道やバスも止まり、貧困層は収入も食料も失った。居場所を失った多数の出稼ぎ労働者が徒歩での帰郷を始めた。
 外出禁止を破った者は警官に見つかると警棒で攻撃を受けた。二度と外出しないことを誓わされ街中で腕立て伏せやスクワットをさせられたりする様子を撮影した動画も世界に伝えられた。ここまでやるのかと、当時、緊急事態宣言を検討していた日本など先進国には衝撃的な規制内容だった。警察官の中には、コロナウイルスの形を模したヘルメットを被るものも現れた。まさになりふり構わぬ対策で都市封鎖を決行した。
 しかし、感染の拡大は止まらなかった。
 4月22日には、インド国内の累計感染者数が2万人を超え、652人が死亡。アメリカ、イタリア、スペイン、フランス、イギリスの欧米5カ国ほどの死者はでていないが、感染拡大のリスクと影響は甚大になる。特に心配されるのが人口の密集した地域での感染爆発だ。人口世界第6位の巨大都市ムンバイのスラム街のダラビ地区では、薬局以外の店舗がすべて閉鎖された。ロックダウンの延長が発表されると、職を失った出稼ぎ労働者が、ムンバイの駅に大勢押しよせ、治安当局と衝突した。ムンバイの人口密度は1平方キロメートルあたり2万人を上回る。東京都の三倍で1人あたりにすると4.5平方メートルの生活空間しかない。三密を避けるのは難しい。

~感染拡大の原因となった宗教行為~
 インドではヒンドゥー教徒やイスラム教徒など様々な宗教が信仰されている。人口が多いので寺院やモスクでは人との接触が避けられない。感染拡大の原因として宗教はどのような課題を示すことになったのか、現地での報道などをもとに見ていきたい。
 まずは布教活動そのものが問題となった。シク教徒の導師バルデブ・シンは、ヨーロッパでの感染拡大の中心地となったイタリアからインドに帰国後、インド北部のパンジャブ州内の農村十数か所を巡り、説教を行った。シン導師は3月18日に死亡し、地元の報道によると、シン導師との接触があった19人がウイルス感染の陽性反応が出た。ウイルスを感染させられた可能性のある1万5000人が隔離された。シン導師は欧州から帰国後、2週間の自主隔離の指示を無視し農村を巡って説教を行っていた。
 規制に反して群衆を作るものもいた。南部カルナタカ州ではロックダウン命令に逆らい数百人がヒンドゥー寺院の祭に参加した。シヴァ神を祀るカラブラギ地区のシッダリンゲスワラ寺院の神輿や鉾やを引く巡行のような行事に大きな人の群れができた。カラブラギは感染ホットスポットでインド国内で記録された最初の犠牲者を出している。厄災の折ならばこその信心という面もあるが、三密の状態は日本ではK1の集会が批判の対象となった。
 肉食を批判する動きもあった。与党インド人民党のサクシ・マハラジ下院議員が3月16日菜食主義に反する肉などの食料の販売を規制をかけなければならないと主張した。インド人民党はヒンドゥー教徒を支持基盤とする政党で菜食主義者が多い。インド人民党の関係者の間からは感染拡大に関連付けて動物をと殺することを問題視する発言が相次いだ。
 ニューデリーでは3月14日、ヒンドゥー教の活動家数十人が、新型ウイルスから身を守るためとして牛の尿を飲むパーティーを開いた。「全インド・ヒンドゥー・マハーサバー」の指導者チャクラパニ・マハラジ氏が、新型ウイルスと闘うとして「ガウムトラ(牛の尿)パーティー」を開いた。ヒンドゥー教で牛は聖なる生き物とされており、今回のコロナ禍の以前からも医薬品や日用品などに牛の尿由来の原料が使用されている。コルカタでは、3月17日、牛の尿を飲むパーティーを主催し参加者に飲尿を強要したとしてインド人民党の党員が逮捕された。このパーティーに参加した市民が体調を崩し告訴し、西ベンガル州警察が主催者を逮捕したという。
 インドで人気のヨガ指導者ババ・ラムデフ氏は、アユルベーダの処方で新型コロナウイルスの感染を防ぐことができると主張し、心身の清浄を求める人々からの支持を得ている。医学的根拠に欠けるとの批判も出ているが、生活習慣を改善し自己免疫力を高めることに寄与するのであればアユルベーダ療法を否定することはできないだろう。ラムデブ氏はヒンドゥー教の聖地ハリドワールに本拠地の病院を持っている。インドでは、健康法としてのヨガやマッサージも盛んでハーブを処方したり
する代替医療が定着している。
 国民健康増進のためのヨガ普及の先頭に立ってきたのがモディ首相だ。心、体、行動や環境も含めた全体としての調和が、健康にとって重要とみる。病気になりにくい心身を作ることを重んじる予防医学だ。モディ首相は新型コロナウイルス対策としてヨガを推奨した。そして常温の水を飲むことも大切だと訴えた。

~イスラム教徒への迫害~
 人々が苦しんでいる時にこそ宗教は必要とされる。祭祀は厄災を祓うためのもの。ところが宗教行為を行おうとしても人々に近づくことができない。宗教国家インドでは、大きな矛盾に直面することになった。ヒンドゥー教徒については、ヨガという古代インド人の知識システムに起源をもつ「宗教のようで宗教でない存在が緩衝装置として機能したため、比較的円滑に進んだ。これと対照的だったのが、イスラム教徒の問題だ。世俗国家インドの屋台骨を揺るがす危険があるのがイスラム教徒の問題だ。政治問題化、国際問題化すると、収集がつかなくなる恐れがある。
 発端はイスラム教団体の集会参加者の間で新型コロナウイルスの感染が広がったことだ。3月にニューデリーで開かれたイスラム教団体「タブリーギ・ジャマート」の集会にはインドやインドネシア、マレーシアから数千人が参加していた。信者が狭い間隔で並び祈りをささげる行為はまさに「3密」そのもの。集団感染が起き参加者がインド内外の各地に散らばった。この集会から広がった感染者は4000人以上とされる。イスラム教徒がウイルスを利用して「コロナジハード(聖戦)」を仕掛けていると主張する政治家もいた。それがSNSで次々にリツイートして情報感染を拡大した。
 イスラム教徒との対立は政治問題化しやすい。去年暮れには、インドでイスラム教徒以外の不法移民に国籍を与える「国籍法改正案」を巡る混乱が広がった。不法移民の救済対象からイスラム教徒を除外したことが差別だとの批判が高まり大規模なデモが全国規模で拡大した。モディ政権はヒンズー至上主義を掲げており、国内の宗派対立は常に大きな爆発の火種となっている。過去にも大規模な暴動が起きており、その怖さをモディ首相はよく知っている。
 そしてこの難しい問題に首をつっこんできたのがアメリカだ。グジャラート州のアーメダバード市民病院では患者の信仰に従って病棟が割り当てられていたとの情報について、議会によって任命された超党派の専門家パネルである「国際信教の自由委員会」が懸念があると指摘した。イスラム教徒への非難を助長し、イスラム教徒が感染を広めるという噂がさらに広がることになるという。
 インドのアヌラ・グスリバスタバ外務省報道官は、パンデミックと闘うという国の目標に宗教的な色を加えることをやめるべきだと反発している。州政府も宗教に基づく隔離は行われていないと否定している。国際的な混乱を広げることにきっかけとなった医療監督官のラトッド博士は「誤って引用された」と主張している。結局、言った言わない、事実関係はどうなのかあいまいだから加熱する。
 何が合法で何が違法なのか、医学的に問題があるのかないのか、個人の自由なのか公的な規制が必要なのか、明確な答えがなく混乱を深めている。その混乱に拍車をかけているのがメディアの問題だ。新型コロナウイルスに関するインターネット上の様々なデマが横行し、政府が対応に追われている。感染して死亡した人の遺体を火葬するとウイルスをまき散らすことになるとして火葬の中止を求める人々と警察が衝突。航空機の乗務員への嫌がらせも起きている。インド政府は3月20日、ソーシャルメディア事業者に偽情報の拡散を管理するよう求める勧告を出したが感染者が増加する中、安心情報を求める人々の欲求を満足させられず、不確かな療法やフェイクニュースを出すと、それを押さえようとする側のいたちごっこが続いている。
 疫禍は不安と直結する。故に人間の価値観を変えてきた。ペスト、梅毒、スペイン風邪、HIVは、隣人との接触の方法や関係も変えた。汚された他者や汚れた自分。ウイルスは物質だが毒性を増幅するのは人間。自分だけ大丈夫なはずだという意識がわかりやすい悪者を探す。

~医療従事者を守る政府の対策  
 政府の対応も矢継ぎ早におこなわれ、緊急の対策予算も早急に組まれた。
 政府のとった様々な対策の中で最も注目されるのは、医療従事者を保護したことだろう。
 インド政府は、医療従事者への暴力や嫌がらせに最長7年の懲役刑を科す方針を決めた。4月22日、感染症法の改正が閣議決定され大統領令で成立。医療従事者への暴力に特化した罰則として6か月から最高で7年の懲役刑が設けられた。最高50万ルピー(約70万円)の罰金刑も定めた。保釈は認められない。コロナ戦士を守る厳しい法律となっている。モディ首相はツイッターで「医療従事者はウイルスと勇敢に闘っている」と述べた。
 インドでは感染者と接することが多い医療従事者に対する攻撃が問題となっていた。医療従事者が感染を拡大させるとの誤った認識だ。インドはもともと衛生事情の悪い国で感染症の危険が多い。腸チフス,パラチフス、細菌性赤痢,アメーバ赤痢,コレラ,A型肝炎,E型肝炎のほか、ジアルジアや回虫などの寄生虫疾患を含め消化器感染症が多い。デング熱やチクングニア熱、マラリア、結核にも注意が必要で、路上の犬にかみつかれると狂犬病の恐れもある。
 病院での個人用保護具(PPE)の不足で医師や医療スタッフが最も脆弱になる。2020年4月3日のインディア・トゥデイによると全インド医科学研究所(AIIMS)の医師も陽性反応を示したとのこと。
 感染症と宗教との関わりについて、インドの場合、注目しなければならないことに「浄」と「不浄」の概念があるとの指摘もある。インドにはカーストという独特な身分制度があり人間を4つの貴賤に順序づけている。そしてこの4つの範疇に入らない不可触民がいる。アンベドカル大学デリーの社会学者、プリヤシャ・カウル氏は医療従事者は「新しいアンタッチャブル」と指摘する。カースト制度は、浄との不浄、純粋なものと汚染されているもの、触れられるものと触れられないものに基づいている。これは手に負えないもの。恐れられる必要があり、遠ざける必要がある人々の新しいカテゴリーと指摘する。
 NHKのニューデリー支局長としてインド駐在中にコルカタにある 「死を待つ人々の家」を取材した。ヒンドゥー教のカーリー神を祭る寺院を改修し、貧困や病気で死にそうになっている人の最期を看取るため施設として、1952年にマザー・テレサにより設立された。同僚のカメラマンは無防備な私にマスクを提供してくれた。「神の愛の宣教者会」が引き継いでいるマザー・テレサの幅広い人道活動の中でも、ホスピス、HIV患者のための家、ハンセン病者のための施設など、医療関係のものが多いことがわかる。医は仁術なりということだろう。
 よく知られた逸話がある。『ある人がかつて私に、100万ドルもらっても、ハンセン病患者には触りたくないと言いました。私は答えました「私も同じです。お金のためだったら、200万ドルやると言われても、今の仕事はしません。しかし神への愛のためなら喜んでします」と。』というものだ。
 1997年に国葬が行われたマザー・テレサは、キリスト教徒であったが、その活動の対象は、宗派を問わずにすべての貧しい人に向けられた。

~今後を占うインドの5つのカギ~
 「接触」なしに成立しえない宗教国家インドの今後の行方を占う上で注目される5つの事例をみていく。いずれも「非接触」と「宗教」の矛盾についてのインド式の解決法だ。
①病院列車
 インド鉄道省は3月28日、隔離病棟不足に備えて、列車を臨時の隔離病棟に改造する計画を発表した。毎週170両の客車を隔離病棟として用いる列車に改造する。全長7億7,925万kmに及ぶ鉄道のネットワークはインドの公共交通機関の生命線。年に80億人以上の乗客を運ぶ。ロックダウンの下でも鉄道は9,000本の旅客列車と3,000本の貨物列車が毎日運行し野菜、果物、牛乳などの食料品や医薬品などを運んでいる。
②ハウスボート
 ケララ州ではハウスボートを患者の隔離病棟に変えた。屋形船の所有者が同意した。ハウスボートはボーテルとも呼ばれるホステルとして利用される船。係留されているものもあれば、陸上に固定されているもの、旅客を乗せて就航するものもある。日本では氷川丸やスカンジナビアなどが知られるが、インドのハウスボートはもっと小さい。ハウスボートを取材したことがあるが、密室になるので危険も伴う。ケララの屋形船は「シー・クッタナード」の名で川下りの観光も知られている。屋形船は、長さが約20メートルあり、幅は5メートルの木造船。船体のアンジリの木の板はココナッツ繊維のロープでまとめられている。屋根は竹の棒とヤシの葉で、ボートの外側はカシューナッツオイルで塗装されている。ミニマムな生活は非常時に強さを見せる。病院のベッド不足が深刻化するニューヨーク州には2020年3月30日に米海軍の病院船が到着した。緊急事態に病院船が果たす機能は大きい。2004年のインド洋大津波の際にも取材したことがある。ニューヨークの病院船「コンフォート」は750床のベッドがあり最大1000人の患者を収容できる。
③手洗いダンス
 同じケララ州では州都トリバンドラムの警察が3月17日ダンスをするマスク姿の警察官らの動画を公開。手洗いを啓発する警察のダンス動画が話題に手首や爪を洗ったり、手洗いのポイントをよく押さえている。接触による感染の危険と具体的で最も有効な対処法をわかりやすいダンスという動画で伝える。画面に登場するのは強面の警察官だがダンスすることを厭う様子はない。ケララはインド初の感染が確認された州だが、その後の感染拡大は他州と比べて抑えられている。成功の秘訣は問題に対処する準備と過去の流行の経験で、30万人近いボランティアが政府の間の緊密な協力で感染防止にあたっている。中央政府と地方自治体や村の当局の間の対立もない。
④位置情報追跡アプリ
 IT大国ならではの対コロナ禍アプリの普及が進んでいる。スマホや携帯電話の位置情報を用いて感染者との接触履歴を追跡する。過去14日間に感染者と接触していたことがわかると通知が届く仕組みで、インドのIT省が4月2日、無償配布を始めた。グーグルとアップルが同様のアプリ開発を共同で行うと発表した時にインドではすでに配布が始まっていた。感染源と感染先の位置と時間の膨大なデータをコンピュータが処理する。名称は「アロガヤ・セトゥ」。日本語にすると健康への架け橋という意味で、ダウンロードはQRコードからも簡単にできる仕組み。アプリ利用には、携帯電話番号の登録が必要だが、プライバシーは最大限尊重するとしている。アプリは11言語に対応。人間の記憶はあいまいだがGPSの位置情報の詳細な記録が行え、症状が現れる前の感染者との接触を追尾できる。
⑤ナマステ式挨拶 
 インドの「ナマステ」挨拶も一躍脚光を浴びた。ウイルス感染を防ぐため、挨拶のとき握手をすることができなくなったからだ。チャリティー団体からの支援を受けて成功した優秀な若者を表彰するアワード「The yearly Prince’s Trust Award」に出席したチャールズ皇太子は、車から降りると握手をしようと無意識に手を差し出すも、慌てて手を引っ込め、両手で合掌した。足を接触させる武漢挨拶のインド版といえる。握手の習慣が相手との社会的距離を保ちながら互いの敬意も確認できる「ナマステ」になるのはそう悪いことではない。###

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