カシミール自治権剥奪

背景にあるのは国力の差だ。印パという言葉自体もう古い。パキスタンはインド亜大陸を囲む小国の一つでしかない。ケンカを仕掛けてもインドには負けるシナリオがない。ただしそれはパキスタン一国を相手にしたときの話だ。それはインドの大国化の大きなハードルの一つである。
 インド政府は2019年8月5日、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方のインド側の州で70年間にわたって認めてきた自治権を撤廃する方針を決めた。イスラム教徒が多数を占めるジャム・カシミール州は、州議会に強い権限が認められるなど1949年以来、憲法上、特別な自治権が保障されてきた。これを「歴史的大失態」の是正だとして、70年間にわたって認めてきたジャム・カシミール州の自治権の剥奪を決定したのだ。6日には議会で憲法改正についての審議が行われ、70年間にわたって認められてきたジャム・カシミール州の自治権が正式に撤廃された。
 インド人民党一強の議会では簡単なことだ。ことし春の総選挙で圧勝したモディ首相率いる与党・インド人民党はこの自治権の撤廃を公約に掲げていた。はく奪措置はモディ首相の方針によるものと見られる。
 モディ首相は8日、カシミールの自治権を剥奪することで、地域から腐敗を取り除くことができると国民に訴えた。「ジャム、カシミール、ラダックの新しい時代が幕を開けた。憲法370条みよって分離主義やテロがはびこり地域は発展から取り残されてきた。パキスタンに武器として使われてきたのだ」と訴えた。「子供は教育が受けられず、女性にも権利がなかった。今はすべてのインド人と平等になった」と自治権剥奪を正当化し、豊かな自然を生かした観光拠点や映画のロケ地として整備する考えを示した。私も経験したがカシミールは世界最後の秘境だ。モデイ首相は経済発展や雇用の機会も広がると主張ている。
 パキスタンはインド政府の方針を強く非難している。パキスタン外務省は、8月5日、声明を発表し「インド政府による一方的な行動で到底、受け入れることはできない。インド政府による不法な手段に対応するためあらゆる選択肢を考えている」としてインド政府の方針を強く非難し軍事的な選択肢も排除しない姿勢を示した。パキスタン側の反発などカシミール地方をめぐって緊張が高まるおそれも出ている。
 カシミールはヒマラヤ山脈の麓の地域で、インドとパキスタンがそれぞれカシミール全土の領有を主張している。もともとはジャンム・カシミール藩王国の自治領だったが、1947年にイギリスによる植民地支配が終焉を迎えた際に、国が二分されインドとパキスタンが誕生し、南のインド側に位置するジャンム・カシミールはインド帰属となった。インドとパキスタンはそれ以降、カシミール地方の領有権をめぐる争いから対立を深めて紛争を繰り返し、イギリスから独立した2カ月後に第1次印パ戦争、1965年には第2次印パ戦争、1971年に第3次印パ戦争が勃発した。現在は国連が監督する停戦ラインで合意しそれぞれがカシミール地方の一部を実効支配している状態が続いている。人口の大半はイスラム教徒が占め、インドが実効支配するジャンム・カシミール州では、インドからの独立もしくはパキスタンへの編入を求める分離主義者によるテロなどが続いている。歴史の残滓を山岳地帯に凍結した「特別な状態」を続けてきたのだ。

(370条)
 この特別な関係を支えてきたのが、憲法の370条だ。カシミールでは外交や防衛、通信分野は中央政府の管轄。一方で憲法370条が、ジャンム・カシミール州に、立法、行政、司法の一定の自治性を認めている。法律を作ることが自由で、カシミールにはインド国旗とは別の州の旗がある。財産所有権に独自の規定があり、州外からのインド人が、州内で物件を購入したり、定住することは禁止されている。
 その重要な条文を廃止したのだ。
 インド政府は、カシミールとインドの関係の基本原則「35A」を含む、憲法370条のほぼすべてを廃止すると発表。8月5日の議会での、ラム・ナト・コビンド大統領が370条を廃止する大統領令に署名したと発表したのは選挙後の組閣で内相になったアミット・シャーだ。インド人民党の急進派の代表である。シャー内相は、議会で「地元住民には、憲法の自治条項によりカシミールでは民主主義が実行されず州内の汚職が進み開発が遅れてきたことをわかってほしい」と述べた。
 憲法370条に反対してきたモディ首相とヒンドゥー至上主義のインド人民党は、今回の総選挙で、370条廃止を公約に掲げていた。他の地域と対等にするためカシミールを統合すると主張、5月の総選挙での圧勝を受けて、その公約が実行に移された。特別な権限を付与されていたジャンム・カシミール州の住民に動揺が走った。イスラム教徒が中心のカシミール住民は、インド人民党がヒンドゥー教徒による土地購入を認めることで人口構成を変えようとしていると心配している。カシミールの自治権はなくなり、他の州同様にインド憲法に従うこととなる。インドの法律が、カシミール住民に自動的に適用され、州外の人が土地を購入できる。多数派からマイノリティーに転落することは、長年の紛争の中で暮らしてきた住民にはとても受け入れられるものではない。
 カシミール地方をめぐっては、ことし2月にインドとパキスタンの軍事的緊張が高まったほかインドからの分離独立を求める勢力が、テロなどを繰り返している。モディ首相が再選されて以降も、カシミールでは不穏な状況が続いていた。8月初旬にインド軍が兵士を追加配備し、ヒンドゥー教の巡礼が中止され、学校が閉鎖されていた。観光客に対し退避勧告が出され電話やインターネットも停止、地方の政治指導者が自宅に軟禁された。
 ジャム・カシミール州では自治が事実上機能しなくなっていたという実態もある。インド人民党と連立政権を樹立していたジャム・カシミール人民民主党(JKPDP)が2018年6月に連立から離脱し、インド政府は同州に連邦規則を課していた。州の代表は、選挙でえらばれる州首相と、中央から派遣される州知事がいるのだが、当時のメボーバ・マフティ州首相が離脱したので、中央政府は、州知事を通じて影響力を行使することができた。政府の強硬にも見える措置に合法性の疑問を持つ専門家もいるが、中央政府に抗議する政治勢力はカシミールにはいない。心配されるのは地下に存在するイスラム過激派の活動だ。
 インド政府は州を連邦政府管轄下の2つの地域に分割する方針。イスラム教徒が多い「カシミール地域」がヒンドゥー教徒が多いジャムに統合され、仏教徒が多くチベットに近い東部ラダックがもう一つの地域となる。私もインタビューしたことがある国民会議派のインド国民会議のパラニヤッパン・チダンバラムは、370条の廃止が誤りであることは歴史によって証明されるだろうと話している。

(パキスタン)
 自治権の撤廃を受けて、パキスタン政府は7日夜、対抗措置を発表し、インドに駐在する大使の召還や当面の貿易関係停止を発表。国連に問題提起した。パキスタンは、インドとの外交・通商関係を縮小することで、自治権剥奪の反対に国際的な支持を集めたいところだが、インド側は「完全に内政問題」だとしている。
 カシミール地方でインド軍が国際条約で使用が禁止されているクラスター爆弾を使用し子どもを含む市民2人が死亡したとして、パキスタン軍はインド軍を非難する声明を2019年8月3日に出していた。インド軍が2019年7月30日と31日に、パキスタンが実効支配している地域に対して複数回にわたり砲撃を行い、子どもを含む市民2人が死亡し、10人以上がけがをしたという。現場に残された爆弾の形状や破片などを鑑定した結果、クラスター爆弾と断定し、インド軍を非難した。
 対立はエスカレートしている。インド大使には国外退去を要求している。パキスタンはインド行きの直行列車を停止すると表明。インドとの国境に近い大都市ラホールとインド北部アムリトサルを結び週2回運行していた列車の運行を停止すると発表。国内でのインド映画の上映も禁じた。インド外務省のクマー報道官は9日、一連のパキスタンの対応を一方的だと非難した。インド側は、イスラム過激派によるテロ活動を警戒し、新たに数千人単位で軍を派遣。自治権剥奪に抗議する市民や州政府元幹部らを含む500人以上が拘束されたと伝えられている。小規模な集会も開けなくなり、商店も相次ぎ閉店。4日夜からネットや電話がつながらなくなっており、家族や知人の安否を確認できない。
 
(トランプ介入)
 このパキスタンとの争いに関わろうとしているのがアメリカのトランプ大統領だ。
 トランプ氏は2019年8月1日、ホワイトハウスで記者団にカシミール問題について、「もし彼らが望むなら、私は確実に調停するだろう」と発言。インドのジャイシャンカル外相は2日、訪問先のバンコクでポンペオ米国務長官と会談し「協議はパキスタンとの2国間でのみ行われる」と抗議したとツイッターに投稿した。
 トランプ氏は7月22日にも、インドのモディ首相に仲介を頼まれたと表明。インド政府は直ちに、これを否定したものの、議会ではモディ氏の責任が問われる騒ぎになった。
  カシミール地方の人口の大半はイスラム教徒で、第三者が仲介する形でカシミール問題の協議が行われた場合、住民投票などの形で、イスラム教を国教とするパキスタンに有利な形で進む可能性がある。インドは、過去のパキスタンとの約束を根拠に、2国間対話を主張している。
 トランプ氏の狙いは、停滞するアフガン和平協議の進展だという見方もある。アフガンの反政府勢力タリバンとパキスタンのイスラム過激派はつながっている。それはパキスタン政府ともつながっている。アメリカがパキスタンよりの姿勢を見せるカードをディール・カードを出そうとしているのかもしれない。背景にあるのは、インドと単独では渡り合えなくなったパキスタンの国力の低下だ。
 インドの自治権はく奪は、アメリカの介入に予防線を張った敏感な反応ともいえるだろう。###

カシミール自治権剥奪” に対して3件のコメントがあります。

  1. アチャリア より:

    ラダック、アクサイチンはどうなる
    https://www.japan-india.com/columns/12aee9e99f12675667f5c5b385ebb962723b0cbb

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