トランプ初訪印

トランプ大統領がインドを初めて訪問する。ホワイトハウスは2019年2月10日、トランプ大統領とメラニア夫人が24~25日、インドを訪問すると発表した。トランプ氏は首都ニューデリーとモディ氏の地元であるインド西部のグジャラート州アーメダバードを訪れる予定。首脳会談では、安全保障面や貿易問題などについて協議する。アメリカは、インド洋に進出する中国をけん制するため安全保障面でインドとの連携を強めている。先週末に電話会談で戦略的関係強化を確認している。

トランプ大統領は表向き、インドとの関係強化を内外にアピールしてきた。2019年9月22日、国連総会出席のため訪米していたモディ首相とともに、南部テキサス州ヒューストンで開かれたインド系アメリカ人の集会で演説。インド系アメリカ人に対し「アメリカ人であることを誇りに思ってほしい。私も皆さんがアメリカ人であることを誇りに思う」と述べた。会場のNRGスタジアム(NRG Stadium)には約5万人が集結。両首脳による演説の前にはダンサーによるパフォーマンスも披露され、さながらロックコンサートのような盛り上がりを見せた。これはオバマ大統領の時も同じでモディ氏はアメリカに行っても人気がある。

 トランプ大統領の訪印は、返礼にあたるもので、就任以来初めての訪問になる。インドは独立記念のパレードの主賓(2019年、ブラジルが代行)としての参加を呼び掛けてきたとされるが、実現はしていなし。トランプ大統領としては、弾劾裁判も一段落し、大統領選挙の指名争いも、共和党内では安泰の状態。インドを訪問する余裕もありなん、とうことなのかもしれない。トランプ大統領とモディ首相は、二国間貿易協定、民間航空に関する協定に署名する可能性が報じられている

 トランプ大統領の他にインドの出方を固唾を飲んで見守っている男がいる。アマゾンのジェフ・ベゾス代表だ。先日インドを訪問して、市場の開放を求めたが、小売業者からの厳しい反発にあっている。億人単位の巨大な消費者市場は、ウォルマートも狙っている。こちらは、インドの企業であるフリップカートを買収し攻勢を強めている。自ら足を運んでインド市場の開拓を図ったがインドの反応は厳しかった。
 2020年1月15日のアマゾンのCEOジェフ・ベゾスのインド訪問に抗議して、全インド商業連合(CAIT)のメンバーはプラカードを掲げて抗議した。インドの中小企業経営者たちは、アマゾンの大幅な値引きには太刀打ちできないと主張。「アマゾンは小規模の小売店を破壊する」「アマゾンは経済テロリスト」だと非難した。アマゾンは10億ドルをインドに投資する計画を明らかにしているが、インドの小売業はそれを歓迎しているわけではない。マンモハン・シン政権の崩壊の発端は、小売業の感情を無視して、ウォルマードのインド進出を進めようとしたことだったのが思い出される。

 実のところ、アメリカとインドとの関係はトランプ大統領になってから実のところ悪化の一途をたどっている。背景にあるのはインドの国力の強大化。イギリスの金融大手スタンダード・チャータードのレポートによると、購買力平価(PPP)と名目GDPの組み合わせで、二〇二〇年代のどこかで中国が世界ナンバー1の経済大国になるという。アメリカを追い抜くのは、中国だけではない。レポートは、インドも二〇三〇年までにアメリカを上回るだろうと指摘している。
 となれば、アメリカもインドをいつまでも子ども扱いをしていられなくなるだろう。インドはGSPの世界最大の恩恵国のはずなのに、アメリカの二〇一七年の対インド貿易赤字は二七三億ドル。途上国として特別扱いをしている場合ではなくなってきたということなのだ。
 トランプ大統領は2019年6月5日、インドをGSP・一般特恵関税制度対象国から除外する意向を明らかにした。GSPというのは、インドのような途上国からの輸入に対し、関税を低めに抑えることでその途上国の経済発展を促進し、その途上国の国内需要の増大を図るもので、先進国から途上国への輸出を増やし、先進国側が自国経済を豊かにするという考えに基づき、特別な優遇関税を設けているものだ。アメリカは、原子力協力協定などインドを特別扱いして急接近を図ってきたが、自国第一主義のトランプ大統領は、当初からインドに公平な市場アクセスを求める厳しい姿勢で臨んできた。総選挙に勝利したモディ政権とのディールが始まったのだ。
 この関係悪化には前段がある。インド政府が電子商取引の新たな規制で、アマゾンや、ウォルマート傘下のフリップカートの事業に制限を課したころから雲行きが怪しくなっていた。二〇一九年五月、インドを訪問したアメリカのロス商務長官も、インドの新たな電子商取引規制はアメリカの今後の対インド投資に悪影響を及ぼす可能性があると指摘。インドはアメリカの企業を差別していると批判した。トランプ氏は再三、インドがオートバイなどを含むアメリカ製品に課す関税を批判。アメリカのビジネスを不公平に締め出しているとも非難していた。アメリカとの貿易関係を強めることには農業団体からの警戒心は強い。トランプ大統領の人形を焼いて抗議の意思を表すと脅しをかけている。

インドにとってアメリカの関与を避けたい問題はほかにもある。トランプ大統領はパキスタンのカーン首相とホワイトハウスで会談した。トランプ氏はパキスタンとインドの間で続くカシミール問題を巡り、「私が求められるならば喜んで仲裁役になる」と申し出た。これに対し、インド政府はトランプ氏の発言について「モディ首相から仲裁役をお願いしたことはない」と即座に否定する声明を出した。インドの総選挙に先立つ2019年2月、両国はカシミール地方の実効支配線を越えて互いに空爆し、核兵器を保有する両国の緊張関係が続いている。
 アメリカはアフガン駐留米軍の早期撤退をめざしトランプ氏はアフガンの反政府武装勢力タリバンとの協議を通じて和平実現を進める立場を示している。トランプ氏としてはアメリカが強く関与するアフガニスタンを抱える南アジアでの「テロとの戦い」に仲介役として名乗りを上げたかったのだろうが、インドはそれを許すはずがない。素人さんのおせっかいは勘弁してくれ、ということなのかもしれない。
 その事態を一変させたのが、中国だ。中国は、香港の民主化運動、豚コレラ、新型コロナウイルスとご難続きで、全人代も延期になった。その中国に背後から圧力をかけるのがインドとの連携強化だ。アメリカと中国は互いに関税をかけあう激しい貿易戦争を繰り広げている。トランプ政権が制裁関税を次々とかけてきた背景には、「中国がハイテク技術の覇権を握ろうとしている」という危機感がある。中国は習近平国家主席のもと「中国製造2025」を掲げている。中国からアメリカのAI業界への投資は、この五年で二十倍以上に急増した。中国はAIを駆使した自動運転などの分野でグーグルやウーバーなどを猛追している。アメリカにとっては、中国をけん制するのには、中国の背後に位置する大国との関係強化に他ならない。それも今しかない。インドの巨大市場には中国車、長城汽車の進出も具体化している。
 インド側も、2019年の選挙は圧勝という形になったものの、5%となった経済の減速に手を打とうとした新年度予算は財政赤字対応でパンチ力に欠ける。カシミールの自治権剥奪で強まる内外の批判も集まっている。インドのスマホの大半は、韓国製か中国製。アップルの市場拡大を目指したいところだ。IBMのトップまでもがインド人になったことを生かさない手はない。ところが、インドは価値観を共有するアメリカ、日本との関係を強化しているといわれるが、実は、米日印、中ロ印の二つの三角形の交接点で、バランス外交、「現代の非同盟外交」を繰り広げている。孤立するのではなく、どの国の影響下にも入らない非同盟外交を続けているのだ。アメリカとの関係でも、石油を輸入に頼るインドは、アメリカが強く求めるイラン制裁にも消極的。エネルギー価格の高騰は、すぐに物価に跳ね返り、選挙と直結する。地対空ミサイルシステムの微妙な地域への一括導入でロシアとの関係も急接近といえる状態になっている。
 国内の政治に目を向けると、総選挙での大勝後の地方選挙での不振が続いている。宗教問題と景気対策で総選挙は勝てても、無理をしてつくろった分の清算が待っているのは歴代政権と同じ。その内政の不振の穴を埋めてきたのが、モディ氏の外交だった。ラファール、日本との間では、原子力協力協定、新幹線の導入と、インド側にとっては、投資や技術を受け入れる側の、景気のいい話が、続いてきた。日本だけではない。インド洋を舞台にわたり商売を続けてきたグジャラート商人との取引は簡単なものではない。そんなアメリカとのディールがどのような結果を生み出すのか。
 トランプ大統領が訪問するのは、モディ首相の地元のインド西部のグジャラート州。ここから、インド最大の都市ムンバイに向けて新幹線を敷設しようとしているのが日本だ。ドタキャンになった安倍首相のインド訪問は国会開けて以降になった。インドに合わせて大風呂敷を広げた新幹線の計画も、5年の延長とも指摘されている。あからさまディール外交で選択を迫るトランプ大統領のやり方に業を煮やしたインドとの関係は悪化してきた。それをどう修復し落としどころを探るのか。インドとの付き合い方の先例として、トランプ大統領のお手並みを拝見したい。

出典)『トランプ大統領のインド訪問~
ご難続きの中国に背後から圧力をかけるディール外交は成功するのか』広瀬筆

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