ナマステ・トランプ、米大統領も顔負けのインド式ディール外交で軍用ヘリ入手

 安倍首相が去年の暮、治安の悪化を理由に訪問を直前に取りやめたインド。そこに乗り込んだのがあの人、トランプ大統領である。2020年2月24日。大統領専用機エアフォース・ワンが降り立ったのは、モディ首相の地元であるインド西部のグジャラート州。世界最大のクリケット・スタジアムが、大統領を歓迎する10万人の熱狂に沸いた。
「ナマステ(こんにちは)・トランプ」。モディ首相が三度、ゆっくりと唱えると、その号令に合わせるように大群衆が「ナマステ・トランプ」と三度、復唱しスタジアムが大きなこだまに揺れる。大統領の車列は、カラフルな民族衣装を身に着けた人々の音楽と踊りに包まれ、とにもかくにも派手な歓迎ムードが演出された。
 それもそのはず。トランプ大統領のインド訪問はこれが初めて。大統領就任以降、日本はもちろん、主な友好国は訪問済で、アジアの中でもフィリピン、ベトナム、そして中国、北朝鮮にも足を踏み入れているのに、インドだけが残されていたのだ。
 というのも、アメリカとインドとの関係はトランプ大統領の就任後、悪化の一途をたどってきたからだ。クリントン、ブッシュ、オバマの時代に接近した米印だが、自国第一主義のトランプ大統領は、就任当初からインドに公平な市場アクセスを求める厳しい姿勢で臨んできた。背景にあるのは巨額の対インド貿易赤字。大統領は、ハーレーダビッドソンのオートバイなどアメリカ製品に課す関税が高いとインドを批判してきた。
 強大化するインドへの警戒感もある。このままの成長が続けば、インドは2030年台にアメリカは追い抜く経済大国になるという予測もある。となれば、アメリカもインドをいつまでも特別扱いしていられない。トランプ大統領は去年、発展途上国への特別な優遇関税の対象国からインドを外す措置に踏み切り、市場は開放できないとするインドとの意地の張り合いが続いていた。
 それがなぜ今、関係強化に乗り出したのか。
 トランプ氏は演説で「私たちはあなたを愛している」と文字通りのインドにラブ・コールを送った。もちろん11月の大統領選挙対策もある。民主党が代表選びにまごついている間に、400万人といわれるアメリカ国内のインド系住民の支持を固めたい、という事情もあるだろう。そしてインドの巨大な市場へのアクセスを確保したいという事情もある。インドの人口は間もなく14億を超え、中国を抜いて世界一になる。去年、アメリカの巨大企業からはアマゾンのジェフ・ベゾス代表もインドを訪問し、成長する消費人口の開拓に乗り出している。
 ただそれだけではない。トランプ大統領の本当の狙いは中国をけん制することだ。モディ首相との首脳会談でアメリカは、インド海軍に潜水艦をレーダー探知する哨戒ヘリコプターを売却することになった。インド洋で活動を活発化させる中国軍に睨みを利かせようというわけだ。
 けん制したのは中国だけではない。世界最大の武器輸入国インドの伝統的な取引相手はロシアだった。これまでロシア製の戦闘機や戦車などが大量にインドに提供されてきた。最近はロシア製のミサイル防空システムの導入計画も進んでいる。ロシアによる軍備提供の独占に待ったをかけようというトランプ大統領。インド陸軍に対し、対テロ戦にも用いられた攻撃ヘリを提供することにした。インドの国防の主軸は中国やパキスタンとの境界警備。海軍と陸軍の双方にアメリカの装備は最新鋭だと売り込む。米企業に利益をもたらす商談の総額は30億ドル(約3300億円)に上った。
 そして、アメリカと対立するもう一つの国がイラン。インドはエネルギーを中東からの輸入に頼っている。アメリカが強く求めるイラン制裁にインドが消極的なのは、エネルギー価格の高騰がすぐに国内の物価に跳ね返り、政権の支持率低下に直結するからだ。そこで首脳会談では、米石油メジャーがインドにLNG(液化天然ガス)を供給することが決まった。こちらも大きな商談だ。
 しかし、よく考えてみると、外交とビジネスをミックスさせるディール外交の使い手は、どうやらトランプ大統領だけではないらしい。今回取り引きが成立したのは、武器とエネルギーというインド側が本当に欲しかったものに限られる。肝心のインドの市場開放や関税の引き下げは進んでいない。インドのモディ首相はトランプ大統領が訪問するまでの間に周到な準備を行い、トランプ大統領のお株を奪う取引を成立させた。そんなモディ首相をトランプ大統領も厳しい交渉人だと評する。
 インドは、伝統的な友好国ロシア、イランとの関係を強化。中国とは国境問題での対立を修復するため、おととし「一帯一路」の要衝である武漢で会談し、去年10月には習近平国家主席をインド南部のチェンナイに招き、アジアの古代文明の絆を確認している。中国、ロシア、イランからインドをアメリカ側に再び引き寄せようとトランプ大統領は、インド国民に向けた演説でモディ首相を繰り返し持ち上げた。
「インドの経済規模は今世紀に入って6倍になった。インドの全世帯に電気が普及したのは、あなた方の国の素晴らしい指導者モディ首相の功績だ」
 経済の減速などで国内では逆風が吹くモディ氏にとってアメリカの大統領からの支援は大きな助けになる。両国ともイスラム過激派のテロの脅威に悩まされる中、インドの多くの国民にとってトランプ大統領はイスラム国の親玉のバグダディを退治してくれた頼れる大将。わかりやすいメッセージでメディアに登場するトランプ大統領はインドでファンが多い。その知名度をうまく利用した。
 次は日本の首相がインドを訪問する番だ。残念ながら、日本の首相にはトランプ氏ほどの知名度はない。ディールの手土産にできる兵器もエネルギーもない。すでに新幹線と原子力という手持ちの材料は使用済みで、この二つもインド側を喜ばすような実をまだ結んでいない。トランプ大統領も顔負けの交渉相手とのディール外交はこれから厳しいものになるのは必定だ。###

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