外国人は感染情報弱者、負けずにインド人の支援を続けるよぎさん

外国人は災害弱者。そして感染対策弱者でもある。日本国内で新型コロナの陽性反応が確認された中の3割を外国籍保有者が占めているという情報が流れ現場を混乱させている。日本国内で新型コロナの陽性反応が確認された外国人の数が急激に増えていることは大きな懸念材料ではある。しかし、事実は冷静に正確に知る必要がある。在留外国人は2019年12月末の統計で約293万人。日本の人口の2パーセントを越えている。在留資格が失効している不法残留者も約8万人いて、不法滞在者が足取りがつかめないことも従来から問題となってきた。医療崩壊や治療を受けられる機会の問題が関心を集めるようになりそれが日本人とそれ以外の線引きに適切ではない形で影響を及ぼすことは避けなければならない。厚生労働省が公式サイトで日々発表している感染者数の統計では「日本国籍のもの」を除けば国籍不明ということになる。それを「外国人」と当てはめると約3割という数字が出てくるのだが。。。そもそも国籍を分ける理由がどこにあるのだろうか。

 Guidable株式会社は、在留外国人を対象に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する意識調査」を2020年3月26日に実施、調査結果を公開した。日本に在留する外国人の66%が「母国に帰るよりも日本に残りたい」と考えているという。調査は35カ国、103名の在留外国人から回答を得たとのこと。

 こうした中で、インド人のよぎさんの活動が注目されている。プラニク・ヨゲンドラさんの通称は「よぎ」。1977年6月3日マハラシュトラ州アンバーナスで生まれた。現在42歳。プネー大学の物理学部やインド経営大学院コルカタ校を経て日本に来日。現在は立憲民主党の江戸川区議会である。2019年4月21日の江戸川区議会議員選挙で初当選。58人が立候補した選挙でよぎ議員は6477票を獲得し5番目での当選となった。2012年に日本国籍に帰化したインド出身の日本の政治家、実業家で日本以外のアジア出身者として初めての当選した。江戸川区は東京都内の区市長村の中で、新宿区に次いで2番目に在住の外国人が多い区で、インド人は4300人で、都内に住むインド人の3分の1以上が暮らしている。江戸川区への強い思いを胸によぎ議員は5月24日、初の区議会本会議に臨んだ。江戸川区ではインド人が増えるにつれ、文化の違いからごみの分別の仕方などでトラブルが相次ぐ。「オープンな江戸川区に」とよぎ議員は区民たちと対話を重ねている。
 よぎさんは、国営企業で研磨機のオペレーターをしていた父プラニク・シャラドさんと裁縫士の母プラニク・レカさんの長男として生まれた。姉のポトニス・ニリマさんと弟のプラニク・ラフルの三人きょうだい。インド国立アンバルナス小中学校を1992年5月に卒業。父親の転勤で高校はインド国立サザン・カマンド校からインド国立デフ・ロード校に移り、最終的に1994年6月同校卒業。妻は2001年8月に中国県立大学の日本語講師で中国人の張哲さんと結婚。2002年6月に長男のプラニク・陳明さんが生まれる。2007年に離婚後、よぎさんが引き取って育ててきた。
 よぎさんは文系と理系の双方の素養を併せ持つインテリだ。プネ大学管下のサー・パラシュラムカレッジに入学し、物理学・数学を専攻。プネ大学では外国語部で日本語とドイツ語を学んだ。民間のIT学校データマティックス・コーポレーションで情報技術を学び
1996年5月にITのディプロマ、1997年5月に日本語の学士号を取得した。物理学部を1997年に中退してプネ大学で経済学部に転学して国際経済・労務経済を専攻し学士号と修士号を取得。インド国立ビジネススクール(IIMカルカッタ)で国際ビジネス管理を学んだ。
 日本に来日したのは、1997年9月。国際交流基金の奨学金で1か月間来日。1999年9月からは二度目の奨学金で1学年の日本留学。プネ市内の小規模IT企業スートラ・システムズで働いたあと、2001年にIBM子会社からの派遣で社会人として初来日した。2003年から現在まで日本に滞在している。IT企業で勤務し、2010年にみずほ銀行の国際事務部に調査役に就任。2019年3月に楽天銀行企画本部の副本部長にも就任している。
 日本では、中野、町田、南行徳などを転々とし、2005年に江戸川区西葛西に引っ越した。自治会活動に参加しインド人と日本人の「懸け橋」となってきた。東日本大震災では自治会役員として高齢者の安否確認を行い、週末には近隣の在日インド人たちと東北の被災地でカレーの炊き出しを行った。
 2012年に日本に帰化した後、母親と共同でインド家庭料理の店「レカ」を開店。家庭料理は注目を集め、テレビや雑誌で大きく紹介された。2016年に2号店を開設すると同時に「江戸川印度文化センター」も開設し、ヨガやインド音楽などを教え、ライブハウスでは有名な演奏者が演奏している。
 長男が区立中学校に通っていた三年前、「授業が教科書に頼りすぎだ」と疑問をもった。長男が学校でいじめに遭った。「議員になれば、変えられるのでは」と思い立ったとのこと。当初は無所属で活動していたが告示直前になり東大島駅前で街頭演説を行っていた所を初鹿明博衆議院議員の目に留まり立憲民主党へ入党、4月9日に同党公認候補となった。カレー屋さんがビラを配ってると思われたとのこと。愛称の「よぎ」を政治活動上の通称として届け出ている。
 江戸川区が提唱した「西葛西リトルインド構想」に疑問を持った。対象者とニーズを縦軸と横軸にした数学的な方法論的な行政。インド人らしく身体、知識、哲学の三つを重んじる。最低限2言語による教育の必要性を訴えている。
 よぎさんがインド人が日本で暮らすために大事だと思うのは、日本語を学ぼうとする姿勢、日本食に挑戦すること、日本人のマナーを真似すること、の三つだという。よぎさんにお目にかかったのは2019年12月17日、東大の山上会館だった。よぎさんは、新型ウイルスを不安に感じるインド人への情報提供を続けている。日本語教室はお預けになったがインターネットで発信を続けている。

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